土の匠対談Vol.1
土の匠 対談集
Vol.1 株式会社サングレイス 杉山様
「有機質活用型養液隔離土耕システム」を提唱し土によるトマト生産を追求する
株式会社サングレイス 杉山様
ヤードウエスト浜松(以下YW):最初に、サングレイスさんの概要を教えてください。
杉山様:株式会社サングレイス(以下、サングレイス)は、2006年に設立したトマトを生産する農業生産法人で、今年で10期になります。
静岡県菊川市の静岡農場で1.6ha、標高600mの群馬県利根郡昭和村にある群馬農場で1.2haの施設があり、周年でトマトが供給できる体制を整えており、年間で500~550tのトマトを供給しています。
そもそもサングレイスは、大手ファストフードチェーンで使用するL玉トマトの周年安定供給を目指して、大手ファストフードチェーン、株式会社野菜くらぶ(以下、野菜くらぶ)、私、その他数名の生産者が出資して設立しました。
したがって一年を通じ、L玉トマトの収量、品質を安定させて供給することが最も重要なミッションなのです。
野菜くらぶについて少し触れますと、野菜くらぶは理念を同じくする生産者が集まって設立した野菜の販売会社で、サングレイスはトマトを全量流通しています。野菜くらぶの一番の特徴は、生産者が集って設立した販売会社であること。
販売→生産ではなく、生産→販売といった流れがしっかりとあるのです。良いものを生産しようという志が先にあり、決して販売が先行して無理をしません。そのため野菜くらぶは、仲間の生産者以外からの仕入れを一切しません。一般的に野菜の販売会社ですと、約束した量の野菜を供給できないと市場などから調達しますが、野菜くらぶは生産者が集まって生産計画を立て、それをもとにお客様と契約を致します。基本的には契約通りに出荷するのですが、天候等により出来ないときは謝る。逆に供給量が増えそうな時は都度お客様と調整を行います。またサングレイスは設立時からトマトのトレースを行える体制をとっています。今でこそトレーサビリティは当たり前になりましたが、10年前はまだまだ珍しかった。それはお客様の安心・安全の野菜を使用するという理念を実現するためであり、それが出来たのは野菜くらぶが生産者の集まりだったからなのです。
有機活用型溶液隔離土耕システムとは?
「有機質活用型溶液隔離土耕システム」をもとに微生物をいかす
YW:弊社では、サングレイスさんへ専用のトマト培養土を納めさせて頂いていますが、サングレイスさんでは、培養土による「有機質活用型養液隔離土耕システム」を開発してトマトの生産をなさっています。この「有機質活用型養液隔離土耕システム」について教えてください。
杉山様:サングレイスは、安心・安全に厳しいお客様の規格に応えるべく、特別栽培の基準を物差しにして、化学肥料、農薬を地域の慣行栽培の1/2にしています。とはいえ、安定して収量を出すにはどうしても窒素は必要になります。そこで化学肥料に加え、有機肥料を使っていますが、有機肥料を効かすには土が必要です。土壌中のたくさんの微生物の力を借りて有機肥料を無機化し、窒素を補うのです。従って土の中の微生物群、すなわち土壌の生物性を均一に整えることは安定して収量を伸ばすため非常に重要ですが、1.6haで均一した土壌を確保するのはとても難しい。そこで発想したのが大きなプランターというイメージですが、これが難しかった。見た目はロックウールに近いですが、相手は土なのでなかなかコントロールできない。
プランターの長さ、深さ、根域の計算、そして使う土など、試行錯誤を繰り返して生まれたのが「有機質活用型養液隔離土耕システム」です。創業から5年でようやくコントロールできるようになってきました。手間はかかりますが、均一の土壌の環境を確保できます。ちなみに、これはお付き合いのある土壌学の研究者による命名です。
YW:「有機質活用型養液隔離土耕システム」では、土の入れ替えがありませんね。
杉山様:そうです。培土を見ながら、土っ気が不足して来たら赤土を、有機物が不足して来たら植物性堆肥を、と必要なものを追加していきます。年に一度消毒して、滅菌せずに微生物の全体量を敢えて減らし、再度土壌環境を整えていきます。したがって廃棄物を出さず、持続可能な農業ですね。
YW:そうして数年培土を使い続けると、土はどうなりますか?
杉山様:めちゃくちゃ良くなります(笑)。トマト生産の副産物として、良い土が出来ます。
ある意味では、トマトを作りながら土を作る、土の生産工場とも言えますね。
ひょっとしたらサングレイスで作った土を、「プロ農家の土」として、家庭菜園で使う時代が来るかもしれません。
「有機肥料を活かすには、土壌中の微生物の力が必要」
YW:トマトの栽培では、近年土を使わない水耕栽培も盛んです。新たに企業が参入する場合、ほとんどが水耕栽培ですが、サングレイスさんでは土にこだわり生産を続けておられますね。その理由は何ですか?
杉山様:個人的には水耕、土耕、それぞれにメリット、デメリットがあると思いますので、一概にどちらが良いとは思いません。ただ我々の場合、10年前の設立からして安心・安全を追求するところから始まっています。それらを付加するために化成肥料を減らしながら、収量・品質を保ち安定供給を実現する、そうするとやはり土に行きつくのですね。先ほども言いましたが、有機肥料を活かすには、土壌中の微生物の力が必要です。微生物の量と種類が多く、また偏りがないようにしなければなりません。良い微生物を増やすため、有機肥料の質にもこだわっています。このように言うと、コストアップに見えるかもしれませんが、全体から見れば資材コストの割合は小さいのです。良い野菜を作り、収量を上げれば十分採算は合います。そのためには、土壌にこだわらなくてはならないのです。良い有機肥料を使い、微生物の量と種類を確保する、それら生物性に加え、物理性、化学性。どれか1つでも欠けたらだめで、全てが備わっている状態、これが「有機質活用型養液隔離土耕システム」なのです。ここへ来てようやく土が分かってきました。数年を経てこなれてきた良い土を分析、ヤードウエストさんの協力もあってヴァージンでもそれに近い土が作れるようになりましたね。経験則では、良い培土が出来ると、トマトの出来が良くなるのは間違いありません。
ただし、土にはどうしても重たい、汚れる、コントロールしにくい、といったイメージがあり「植物工場」という観点では敬遠されやすいですね。他業種が参入する場合は特にそうでしょう。しかし一方で、人の論理から入って植物をコントロールする、それは人のエゴでしょう。我々はそうではなく1年1作でトマトを無理なく栽培できるシステム、つまり植物の論理に人を合わせつつ採算を確保していきたいですね。土も植物も、出来そうでなかなかコントロールできない、だからこそやりきる価値があるのではないでしょうか。
㈱サングレイス様農場にて
目指すべき生産者としての姿
YW:ある企業の研究では、総じて水耕栽培よりも土耕栽培の方が野菜の栄養価が高い傾向にあるようです。一方で、水耕栽培でも十分栄養価の高い野菜ができるという話も耳にします。しかし、そもそも野菜を生産するということは、畑の土から始まり、それを消費しているくのが人間らしい生活といえば生活だと思います。確かに天候等に左右されず安定的に野菜を生産できるとなれば、加工産業や外食産業は大歓迎です。しかし、野菜はそれぞれ旬があり、これもある企業の研究によれば、野菜は旬のものが、一番栄養価が高くなることもわかっています。この当たり前のことを、どれだけ消費者に理解してもらえるか、と同時に、生産者として収量を上げる、品質を保つ、というこれまた当たり前のことを突き詰めていくことが大切かなと思います。サングレイスさんは、今後生産者は、どのようなことに留意することが重要だと思いますか?
杉山様:繰り返しになりますが、サングレイスはお客様のニーズからスタートした会社です。ですから消費者のニーズに応えて作っていくことが重要です。「作ったから、これを買え」ではなく「欲しいもの」を作る、そのニーズに応えていくのがプロの技術なのです。極端な話「安くて不味いものを!」と言われたら作る。その為に必要なのは、技術なのです。意外かもしれませんが、不味いものを大量に作るのも技術なのです。それはしっかりと植物を知るということです。美味しいものを作れない人は、不味いものを安定的に作ることもできないですから(笑)。確固たる生産技術をもってお客様と向き合えるかですね、技術がなければ夢もこだわりもつぶれますから。
YW:なるほど。では最後に、サングレイスさんが今後目指していきたいことを教えてください。
杉山様:「有機質活用型養液隔離土耕システム」に評価基準を作っていきたいですね。生産したトマトの食味や栄養価も含めて、数値化して明確にしていく。流通段階で、水耕トマト、土耕トマト、「有機質活用型養液隔離土耕システム」トマト、といったようにカテゴリーができれば面白い。また、様々なお客様のニーズに応えられる仕組みにしていきたいですね。
土地を選ばずに、水耕のように土耕栽培でなおかつ均一に大型化できるシステムは国内では唯一だと思っています。土は確かにやっかいだが、逆に言うとそれが独自のノウハウ、強みになります。土で作ったトマトを安定的に供給できるノウハウは他にはありません。今後はサングレイスだけではなく、他へノウハウを提供し、人の行き来も含めてネットワークにしていければと思います。